【製造業 × エフェクチュエーション】中小企業が手元の技術を新用途に活かす実践ガイドと事例紹介
はじめに
高い技術力を有しながらも、その技術を新しい分野や用途に展開する道を模索している中小製造業は多いと考えられます。既存の製品や市場に依存したままでは、時代やニーズの変化に適切に対応できず、自社の優れた技術が活かしきれない場合もあるでしょう。そこで注目されるのが、サラス・サラスバシー(Saras Sarasvathy)氏が提唱した「エフェクチュエーション(effectuation)」の考え方です。従来の事業計画や予測を中心にした「予測思考」とは異なり、エフェクチュエーションは「既に手元にあるリソースを起点に、周囲との連携を深めながら未来を形作っていく」ことに重きを置きます。この枠組みは、特に自社の強みを活かして新たな製品や市場を切り開きたい中小製造業にとって、有用な示唆を与えてくれます。
本記事では、まずエフェクチュエーションの概要や五つの原則を整理し、その後、製造業が技術の新しい用途開発に取り組む際にエフェクチュエーションをいかに活用できるかを考察します。さらに、偶然の出会いを活かすセレンディピティや、困難や想定外を新たな機会に変えるレモネードの法則にも触れます。記事の後半では、具体的な事例としてニデック、キヤノン、トヨタ、ホンダ、松下電器の五社がどのように既存技術を別の市場や製品分野に応用していったかを見ていきます。最後に、中小製造業の皆さまが自社技術の用途開発に取り組む際のポイントをまとめます。
エフェクチュエーションとは
エフェクチュエーションは、企業家の行動様式を分析した研究から生まれた概念で、未来を予測しながら計画を立てるよりも、「現在の自分が持っているものや、人とのつながりを活用して動き出し、結果的に未来を創り出す」ことに重点を置く思考法です。サラスバシー氏は、エフェクチュエーションの重要な要素を五つの原則として示しました。それを分かりやすくまとめると、下記の表のようになります。
原則(英語名) | 概要 |
鳥の手の原則 (Bird in Hand) | 「自分は何者か(Who I am)」「自分は何を知っているか(What I know)」「自分は誰と知り合っているか(Whom I know)」という三つの手段を出発点に、新しいアイデアを組み立てる。 |
許容可能損失の原則 (Affordable Loss) | 「リスクをいかに最小化・限定化するか」を重視し、耐えられる範囲のコストや時間・人的リソースで試行錯誤を重ねる。大きく構えず小さな成功と失敗を積み重ねていく姿勢が特徴。 |
レモネードの原則 (Lemonade Principle) | 想定外やトラブル(酸っぱいレモン)が起こっても、それを新しい機会(甘くおいしいレモネード)へ変えてしまう柔軟性が大切だという考え方。予期せぬ変化を受け入れ、イノベーションの糸口にする。 |
クレイジーキルトの原則 (Crazy Quilt) | パートナーシップを多角的に活用し、共創を通じて事業アイデアを形作る。キルトをつぎはぎするように異なる強みを持つ企業や人脈との連携を図りながら、一つの“作品”を仕上げていく。 |
パイロット・イン・ザ・プレーンの原則 (Pilot in the Plane) | 未来は予測されるものというより「主体的にコントロールして創り出すもの」という視点を持つ。完璧な先読みよりも、自ら行動し周囲の環境に影響を与えることで、望む方向へ未来を導くことを重視する。 |
エフェクチュエーションは特に新製品の開発や新しい市場への進出といった「正解が見えない状況」に適しているとされます。製造業が新たな用途を開拓する際は、そもそも市場ニーズや競合環境が不透明であることが少なくありません。このようなケースでこそ、エフェクチュエーションの柔軟で実践的なアプローチが効果的に働きます。
製造業とエフェクチュエーション
製造業が技術の新しい用途開発を行う時、まずは自社の「手持ちの資源」に目を向けることがポイントとなります。ここでいう資源とは、単に保有設備や特許技術だけにとどまらず、技術者の経験値や既存顧客との関係、同業のネットワークなども含みます。エフェクチュエーションでは、この「すでにあるもの」を核にして何ができるのかを考えることを「鳥の手の原則」と呼びます。自社の強みを再定義しながら、新たな分野への転用や別業種との協業を検討していくわけです。
同時に、最初から大きな投資をして失敗すると、企業としてのダメージが大きくなるため、「失敗しても取り返しがつくか」というラインを見極めながら進める姿勢も重要です。これが「許容可能損失の原則」に当たります。中小製造業の場合、資本が潤沢にあるわけではないため、試作品を作るにもプロモーションを行うにも、はじめは範囲を限定し小さく実験し、その成果を見て段階的に広げていくほうがリスクを抑えられます。
また、情報の発信を積極的に行うこともエフェクチュエーションの思考法と親和性が高い行動です。展示会やウェブサイト、SNSなどで自社技術や開発事例を紹介し、オープンイノベーションの場に参加することで、外部からの問い合わせや共創の提案がもたらされることがあります。「こんな用途にも使えないか」といった声を得られれば、思ってもみなかった市場を知るきっかけになったり、新製品のヒントが得られたりします。こうした想定外の機会をしっかりと取り込み、柔軟に方向修正する姿勢はまさにエフェクチュエーションでいう「レモネードの法則」にほかならず、新しい用途開発を成功させる原動力になるでしょう。
セレンディピティとレモネードの法則
情報発信によって思わぬ相手から声が掛かる、開発途中の失敗が別の用途発見につながるなど、予測不能な好機をつかむことを「セレンディピティ」と呼びます。これは突発的に起きる幸運のようにも見えますが、実際には「偶然を引き寄せるための行動」を積極的にとっているかどうかが大きく影響します。外部に向けてオープンに情報を出す、他社や大学・公的機関が行う研究会や勉強会に参加する、といった取り組みによりセレンディピティを得られる可能性は高まります。
そして「レモネードの法則(Lemonade Principle)」が示すとおり、いざ開発を進めていくと、外的要因による計画の変更や、技術上の不具合が表面化することが少なくありません。しかし、それらを単に「問題」だと捉えるのではなく、次のアイデアや新たな提案につなげる材料と捉えることで、不測の事態を「レモンからレモネードに変える」ことが可能となります。製造現場での失敗データは貴重なノウハウとなり、さらなる改良や、まったく違う市場での活用に転じる道が開けるかもしれません。
事例から学ぶエフェクチュエーション
ここからは、具体的な企業の事例を通じてエフェクチュエーションがどのように機能したかを見ていきます。ニデック、キヤノン、トヨタ、ホンダ、松下電器はいずれも世界的な製造業ですが、それぞれ創業当初は中小企業に近い規模でのスタートを切っていました。自社の強みを起点にリスクを抑えながら別の分野に広がっていったプロセスは、多くの中小企業にとっても参考になるはずです。
企業名 | 主な技術・事業開始時期 | 新用途・市場への展開 | エフェクチュエーションとの関係性 |
ニデック (旧 日本電産) | 小型精密モーターをコア技術として開始 | 始 PC用ハードディスクから家電、自動車、産業機器へ用途拡大 | 手持ちの小型モーター技術を他分野に横展開し、許容可能損失を見極めながら研究開発を継続。外部企業との連携でクレイジーキルトの原則を体現。 |
キヤノン | カメラ技術をベースに創業 | 光学技術と画像処理技術を医療機器や複合機などに応用 | カメラ開発で培った高精細化・画像処理ノウハウを医療用X線装置へ横展開。研究交流や学会発表で得た外部とのネットワークがセレンディピティを生み、レモネードの法則を活かして新領域を開拓。 |
トヨタ自動車 | 織機の製造で培った鋳造技術 | 鋳造技術を自動車のエンジンやシャーシ製造に活用 | に活用 鳥の手の原則の一例として、すでに持っていた織機向けの金属部品製造ノウハウを自動車へ転用。国内外の技術パートナーとの連携がクレイジーキルトの原則に相当。 |
ホンダ | 小型エンジン開発から二輪車へ | 二輪で成功後、四輪、自動車レース、ジェット機にも展開 | 手元のエンジン技術と創業者の情熱を起点に、許容可能損失を意識しながら何度も試作と改良を繰り返す。アメリカ市場での想定外のヒットをレモネード化し、さらなる成長を実現。 |
松下電器 (現 パナソニック) | 電球ソケットの改良品で創業 | 家電全般、住宅関連、さらにはB2B機器にも幅広く進出 | 創業当初は小さな資金でソケットを試作し、販売ルートを確立。失敗を恐れず改良を続け、流通パートナーとの共創により市場拡大。鳥の手の原則とクレイジーキルトの考え方が印象的。 |
ニデックは、ハードディスクドライブ用のモーターを極限まで小型・高性能化してきた実績を基盤として、自動車や産業用機械など、モーターを使う多彩な領域に参入し世界トップシェアを確保しました。元々はパソコン分野の伸びに合わせた形で成長しましたが、その技術が家電製品や自動車のモーターにも応用できるとわかった際に、設備投資や開発体制を段階的に整え、小さなリスクでの試作を繰り返して飛躍していったのです。新規分野への挑戦にあたって他社との協業を積極的に行った点もクレイジーキルトの原則を活かしており、「自社のもつ小型モーター技術」という鳥の手を上手に使いつつ、徐々に事業領域を広げていったといえます。
キヤノンはカメラ技術に強みを持つ企業でしたが、その技術を医療機器や事務機器などへ応用することで新たな用途を切り開きました。特にX線カメラ(デジタルX線撮影装置)は、カメラの高精細撮影技術と画像処理技術が実にうまく医療分野と結びついた事例です。創業時からの光学分野の知見を核としながら、周辺の研究会や学会で情報発信とネットワーキングを行い、新しい分野に必要な規制や課題を把握して開発を進めました。医療分野への参入で想定外の困難が続いたものの、その過程で蓄積したノウハウが別の医療機器や事務機器開発にも寄与し、結果的に“レモネード”が増えていったという構図です。
織機メーカーの豊田家から派生する形で誕生したトヨタは、織機の部品を鋳造するノウハウを自動車部品の鋳造技術として転用したことがきっかけで、乗用車製造への道を切り開きました。「手元にある金属加工技術」という鳥の手の原則を忠実に実践し、許容できるリソースを投じながら失敗や改良を繰り返した結果、国内自動車産業の先駆けとなったのです。やがて欧米からも技術や設計の知見を得るなど、クレイジーキルトの考え方をいち早く体現していました。
ホンダは創業者・本田宗一郎氏の「エンジン」に対する情熱から出発し、最初は自転車に小型エンジンを取り付けるところから始まりました。小さい失敗を繰り返しながら改良していくプロセスはまさに許容可能損失を意識した取り組みです。さらに、アメリカで軽量バイクが思わぬ形で受け入れられたことをきっかけに、アメリカ市場向け製品を開発し、その過程で蓄積した知名度が四輪車やモータースポーツへの展開にもつながりました。予想外の展開をチャンスに変えるレモネードの法則の好例ともいえます。
松下電器(現パナソニック)は創業当初、電球のソケットの改良品を小規模な資本で開発し、当時の家庭用電気製品の普及の波に乗って事業を軌道に乗せました。必要最低限の投資で試作品を作り、自宅裏の作業場で改良を重ねたプロセスには「許容可能損失」の姿勢が垣間見えます。さらに商社や電気店との緊密なパートナーシップにより流通ルートを確立し、次々と家電製品を世に送り出していった流れにはクレイジーキルトの発想が生かされています。
まとめと今後の展望
エフェクチュエーションは、大企業だけでなく中小企業にも大きな示唆をもたらすアントレプレナーシップの理論です。特に、中小製造業が自社の持つ優れた技術を新しい用途へ展開する際には、従来の「大きな投資をして長期計画を立てる」という方法だけではリスクが大きい面があります。むしろエフェクチュエーションの五つの原則を踏まえながら、小さなステップを積み重ねて学び、関係者との連携(クレイジーキルト)や想定外の出来事(レモネードの法則)を積極的に味方に付ける方が、結果的にイノベーションを生み出しやすいと考えられます。
また、セレンディピティを得るためには情報発信が欠かせないことも肝に銘じたいポイントです。中小企業だからこそ、より戦略的に展示会やオンラインツールを活用し、技術力を発信することで外部の企業や研究者との協業が生まれます。トラブルや失敗を、次のアイデアに変える発想も重要であり、こうしたエフェクチュエーション的な取り組みを続けるほどに、自社技術を活かせる潜在的な市場ニーズや機会に出会える確率は高まっていくでしょう。
いま一度、自社が「何を知っていて、何ができ、誰とつながっているか」を洗い出すことから始める。手元にある技術の良さを見極め、小さな規模でテストやマーケティングを行い、その中で発生する予想外の成果や課題をしっかり活用する。こうした積み重ねが、新しい用途の開発や事業拡大につながる道筋を照らしてくれます。エフェクチュエーションは決して難解な理論ではなく、日々の経営や開発プロセスに組み込むことで、徐々にその効果が実感できる思考法といえます。ぜひ今回紹介した事例や原則を参考に、自社の可能性を切り開くヒントとしていただければ幸いです。
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