製造業の用途開発を成功させるリサーチベーションとは? エフェクチュエーションとの違いと実践方法
なぜ中小製造業にリサーチベーションが必要なのか
中小製造業には優れた技術やノウハウがあるにもかかわらず、新たな用途開発に踏み切れず、既存の取引先や市場に依存し続けている状況がよく見られる。長く培ったコア技術を別の分野に活かしてみたいと思っても、「どの方向に進んだらいいのか分からない」「未知の市場を前に計画が立てづらい」という課題に直面することが多い。
こうしたジレンマを乗り越えるためのアプローチとして注目されるのがリサーチベーションである。研究者的な視点で自ら試作や検証を繰り返し、不確実な状況下でも少しずつ確実な知見を積み上げる姿勢は、従来の「まず大きな投資をして、後戻りできない形で新規事業を始める」といったやり方とは対照的だ。人がどんな未来を望んでいるのかを起点に考え、小さな実験を通じて具体的なアイデアに落とし込み、その結果から次の一手を探る――こうした一連の流れを活用することで、中小製造業は独自の強みを活かした新しい用途開発を進めやすくなる。
リサーチベーションとは

リサーチベーションを一言で言うなら、イノベーションを作り出す確率を上げるための統一モデルです。実験系の研究プロセスから着想を得ているため、研究(リサーチ)×イノベーション(イノベーション)の造語になります。
- 研究者の思考法:知識強化 → ひらめき → 仮説 → 実験 → 検証、といったプロセスを循環させる
- 人の望みを起点:利用者や顧客の潜在的な「望み(ウォンツ)」に着目し、その実現を目指す
- 実験重視:小さな実験を繰り返すことで、仮説検証と学習を高速サイクルで回す
このように「研究者っぽいアプローチ」と「ユーザー中心の発想」を組み合わせることで、デザイン思考とも似た“人間中心”の視点を持ちつつ、より学術的かつ探求ベースでイノベーションを起こしていく手法とされています。
リサーチベーションの5つの原則
リサーチベーションでは、以下の5つの原則を核とした研究的アプローチを提案している。技術の新用途開発を検討する際、これらの原則を意識して進めると、自社のコア技術をより多角的に見つめ直し、新しい可能性を発見しやすくなる。
原則 | 概要 |
①人の望みにフォーカスし、行動する | 技術をどう活かせるかではなく、「人々が本当に求めているものは何か」を第一に考える。中小製造業であっても、社会や顧客がどんな課題や望みを持っているかを調べ、それにどう応えられるかを模索する。 |
②手持ちのリソースを最大限に活用する | 莫大な資金や設備を新規で揃えるのではなく、既存の技術や設備、人材、ネットワークなど、今あるものを徹底的に使い倒す。小さいスケールの実験を重ねることで、着実に前進していく。 |
③ひらめきの源泉は知識とセレンディピティにある | 誰もが簡単に思いつくアイデアだけではなく、文献調査や業界研究、異分野との交流などから偶然を活かす。無関係に見える情報や技術との接点を探るうちに、新たなひらめきが生まれる可能性が高まる。 |
④本気の失敗には価値がある | 研究開発と同じく、実験はうまくいかないことのほうが多い。だが、「なぜ失敗したか」を分析し次に活かす姿勢が重要。段階的に検証することで、大きなリスクを避けつつノウハウを蓄積できる。 |
⑤成果は外にも発表する | 学会発表のように、完成度が高くなくても進捗やアイデアを外に伝え、フィードバックをもらう。交流を通じて予想外のパートナーや顧客とつながるチャンスが生まれ、用途開発のヒントになることも多い。 |
エフェクチュエーションとコーゼーションの違い
エフェクチュエーション(Effectuation)とは?
エフェクチュエーションは、企業が持つ既存のリソースやスキルを出発点として、行動しながら市場やパートナーを見つけていくアプローチだ。計画よりも実際の試行錯誤を重視し、偶然の出会いや外部からのフィードバックを活かしながら、柔軟にビジネスを展開していく。
例えば、中小製造業が「今ある設備や技術を使って、新たな製品を生み出せないか?」と考えたとき、まずは試作品を作り、特定の業界の企業に提案してみるというアプローチはエフェクチュエーション的な手法である。
エフェクチュエーションの5つの原則
原則 | 概要 |
① 鳥の手の原則 (Bird in Hand) | 目標を決めてから手段を考えるのではなく、今持っている技術やネットワークを活かしてできることを探す。 |
② 許容可能損失の原則 (Affordable Loss) | 大きなリターンを狙うよりも、失敗しても致命傷にならない範囲で小さく試しながら進める。 |
③ レモネードの原則 (Lemonade Principle) | 予期しない出来事や偶然の出会いをポジティブに捉え、新たな機会として活用する。 |
④ クレイジーキルトの原則 (Crazy Quilt) | 早い段階で信頼できるパートナーを巻き込み、共創しながら新しい用途や市場を開拓する。 |
⑤パイロット・イン・ザ・プレーンの原則 (Pilot in the Plane) | 完璧な計画を作る前にまず動き、実際に市場や顧客の反応を見ながら方向を調整していく。 |
コーゼーション(Causation)とは?
これに対して、コーゼーションは「目標(ゴール)」を明確に設定し、その達成に向けて綿密な計画を立てながらビジネスを進めていく方法である。たとえば、「○○業界向けに新しい部品を開発する」と決め、その市場規模や競争環境を徹底的にリサーチした上で、最適な製品設計を進めるやり方がコーゼーション的なアプローチにあたる。
PDCA、ロジカルシンキングなどが近い
製造業におけるリサーチベーションの活用事例
企業名 | 元々の技術・分野 | 新用途・新分野 | リサーチベーション的視点 |
ニデック | モーター技術、特に大型モーターが中心だった | パソコン・スマホ・家電などの小型精密モーター分野へ展開 | 「人は省スペースや軽量化を望んでいる」というニーズに応え、大幅な小型化の技術開発に挑戦。小さな実験を重ねながら市場を切り拓き、大きな成長につなげた。 |
トヨタ | 織機などの機械製造、鋳造技術がベース | 自動車生産へ転身 | 保有技術を自動車製造に応用。試作品の段階から課題を洗い出し、徐々に高品質へブラッシュアップ。 |
松下電器(現パナソニック) | 電球のソケット製造 | 生活家電全般 | 「家庭をより便利にする」という視点で、新たな家電製品を試作。消費者のニーズに応じた製品開発を繰り返し、段階的に市場を拡大。 |
中小製造業こそ、リサーチベーションで新しい価値創出を
中小製造業が新たな用途開発で道を拓くには、リサーチベーション的な研究者の視点と手法が非常に有効である。自社の技術を未来のニーズにどう結びつけるかが重要であり、そのためには人々が何を望んでいるのかを観察し、仮説を立て、小さく実験しながら検証し、発信していくプロセスを意識する必要がある。
大手企業の事例はスケールこそ違うものの、どの企業も自社技術の強みを活かして新しい分野へ展開するときには、小さなテストや公開の場づくりを繰り返してきたことがわかる。中小製造業ならではの強みを改めて見直し、リサーチベーションの5原則を道しるべにして、未知の領域へのチャレンジを積み重ねてほしい。不確実な時代だからこそ、小さな実験と知見の共有、そして人々の望みを深く理解しようとする姿勢が、新しい価値を創出する原動力となるだろう。